9月7日(月)のスタッフK(我が社のボス)のブログを詠んで、百万塔陀羅尼(ひゃくまんとう だらに)に興味がわいて調べてみた。
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天平宝字8年(764年)に藤原仲麻呂の乱を平定した称徳天皇は、戦死した将兵の菩提を弔うと共に、鎮護国家を祈念するために、6年の歳月を掛けて宝亀元年(770年)に『無垢浄光大陀羅尼経』に基づいて、陀羅尼を100万巻印刷し、小型の塔に納めて10万基ずつ大安寺・元興寺・法隆寺・東大寺・西大寺・興福寺・薬師寺・四天王寺・川原寺・崇福寺の10大寺に奉納した。
これらの塔はそのほとんどが火災で焼失、あるいは散逸し、2005年現在、法隆寺に4万数千基が残っているほかは、博物館や個人に数基所蔵されているのみである。
陀羅尼を版(木製か金属製かは不明)に凸状に彫り、その上に幅4.5cm、長さ15cm~50cmの虫食い防止のために黄檗で染められた紙を載せて印刷した。また、紙を下にして捺印方式で印刷したという説もある。ちなみに、2005年現在、確認出来る世界最古の印刷物である。 これほど大量の印刷物を1つの木版で印刷することは、木版が磨耗するために不可能であることから複数の版を使って印刷したことだけは確かである。 その際に複数の木版を彫ったのではなく、鋳造で複製した金属活版を用いて印刷した可能性も指摘されている。
陀羅尼を納める塔は、小さな三重の塔で、中国より伝来したロクロを使用した木製で、白い染料が塗布されている。
ほーほー 印刷物はお経から発したのか〜
そーいえば平家物語で平家隆盛の頃、平清盛が豪華絢爛な装丁をしたようなことを思い出した。
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平清盛が厳島神社に奉納した「平家納経」は、当時の最高水準の工芸技術を集め、金銀の箔や砂子や泥をふんだんに用いた豪華絢爛たるもので、当時の文化を思わされました。この「平家納経」の絢爛たる荘厳さは、平安末期の貴族の爛熟した文化が映し出されている。
すんご〜くお金をかけたらしい
すんご〜くお金をかけて本を作りたいお客さま待ってま〜す
かみむらまちこ
▲温泉で食べたごはん