第10回 一茶・山頭火俳句大会 本行寺
(東京都・荒川区)
11月10日(土)、月見寺として有名な日暮里の本行寺にて第10回一茶・山頭火俳句大会が開催されました。当日は汗ばむほどの陽気に恵まれ、9名の選者と150余名の参加者で本堂も満員の大盛況。各人、境内や周辺を吟行し投句を済ませると、午前中は国文学者で信州大学名誉教授、「岳」主宰の宮坂静生氏による「兜太と一茶」と題した1時間強にわたる熱量の高い講演がありました。午後からは、本日の426句から各選者の特選1句と入選7句の表彰、選評と続きます。
伊藤伊那男(「銀漢」主宰)選
●特選
その中に兜太のこゑも寺障子 昭子
今年亡くなられた兜太先生も2年程前までこのお寺で一緒に選者をつとめた。隣で選をしていたがスピードが非常に速く、お昼の志乃多寿司も1つだけ残して全部食べていた。これは余談だが、その先生をこの寺で偲ぶという句であり、兜太のこゑもの「も」の中には、村上護先生や一茶、一遍上人、この方たちも入っているという意味で「も」を使ったところがうまい。
一葉の寂しき恋や一の酉 健治
襟巻や別れし数の歳重ね 湖童
一茶忌のふぐりにしみる湯の加減 卓
月見寺の駅は北口しぐれけり 三里
告白にルビふるやうや息白し 美恵子
己が影伸び切る迄を冬耕す 大和
小鳥来る弾かぬピアノの調律師 和夫
井上弘美(「汀」主宰)選
●特選
◎一本の音にはなれず冬の滝 大和
見た瞬間、入ると思った句。滝にも四季が巡り、冬の滝はやがて枯れ枯れになり凍て滝となる。一本の音として水を落としきることができない滝を「一本の音にはなれず」と詠んだ。己の姿を全うできずに冬枯れの季節を迎えている、どこか無念でありながら自分のこれからの姿を受容している、そういう心情を感じ取った。写生句でもあり、写生を通して対象の本質に迫る作者の人生観、想いが宿った句。
海原は墓標なき墓はくてう来 恭子
星撒いて兜太呼び出す虎落笛 香
碧落を背に負ひたる鷹柱 香
古備前に残る火の疵冬銀河 香
胸に受く潟の残照沼太郎 昭子
連嶺の堅き連なり止り鮎 和慶
冬銀河神将站つを躊躇はず 和慶
齋藤愼爾(評論家・俳人)選
●特選
月宿し骨という字になりにけり 正枝
骨という字には月が入っている、よく見ればそうだが気づかないもの。月の白さと骨の白さ、しかもそれを「月宿し」と詠むことにより、亡くなったすべての人の鎮魂になっている。
狂ふてふ夢のひとつに返り花 千恵子
予言書の予言のごとく蘆を刈る 和湖
ミレーの絵を思い出す。時期が来れば農家の人は種を蒔いたり蘆を刈ったりするのだろうが、四季があるから種を蒔くのではなく、宇宙を司る予言書によるという、宗教的な意味を感じる。
綿虫の生れしところを虚空とす 水香
万骨をふところに抱き山眠る 恵一
粛々とあけゆく地塘草もみぢ 秀子
死とは影見失ふこと秋の蝶 陽里
〇雪虫となり還り来よ荒凡夫 貴子
佐怒賀正美(「秋」主宰)選
●特選
〇雪虫となり還り来よ荒凡夫 貴子
荒凡夫は「俗物で平凡だけど自由に生きる」という、一茶が還暦のときの自省の言葉。兜太が共鳴したのも60歳のとき。荒凡夫という言葉を使った、二人に対する鎮魂の句。
谷中猫の千の足あと冬麗 虚舟
猫の街として知られる谷中。目の前の足あとを数えても千はないと思うが、見えなくなった足あとも思い描いていておもしろい。
狐火の水の被膜をすべりゆく 徳茂
火の山の煙まつしろ草相撲 京子
山頭火のわらじをさがす凩連れ 政江
告白にルビふるやうや息白し 美恵子
陽刻の白磁の翳り夕しぐれ 輝
冬の蝶童のやうな一茶句碑 小馬々
鈴木節子(「門」主宰)選
●特選
◎一本の音にはなれず冬の滝 大和
これだ、と思った一句。自句に「一本の棒となりたる滝の前」という夏の句があるが、これは豪快な滝の前で硬直して棒のようになった、という句。「一本の音にはなれず」の中七のフレーズが、冬の滝という季語とがっちりと手を組んでいるようなまとめ方でうまい。
今宵また枯木と詩をつむぐ星 徳茂
少し抒情的だが、今頃の状況をうまくつかんでいる。
光年の時流るるや落葉焚 虚舟
万骨をふところに抱き山眠る 恵一
◇平日の輝いてゐる花八ツ手 悠美子
大空の力が抜けて銀杏散る 千恵子
死とは影見失ふこと秋の蝶 陽里
〇雪虫となり還り来よ荒凡夫 貴子
ながさく清江(「春野」顧問)選
●特選
枯尾花いつもどこかに風見えて 蓮子
無風と思われる冬枯れの日、ふと見ると地平線の青い空に枯尾花がわずかに揺れている。花すすきだと少し重いが、枯すすきがいい。「風見えて」と、見えてをつかんだところで枯尾花のそよぎを見せている。静かなこういう句が好き。入選は季語の効果が出ている句を選ばせていただいた。
乱暴に姫の衣剥ぐ菊師かな 恵一
棟上げの親方と酌む紅葉かな 彬
棟上げのめでたさのなかで、晴れ渡った空の紅葉。
時雨来る金の継目の楽茶碗 水香
年暮るるいつか一人になる二人 松枝
中七下五はよくあるフレーズだが、年暮るるで最後の平成を詠った。
案内状真つ赤なりけり小春句座 隼人
今年のこの大会の案内は真っ赤な用紙で驚いた。今日に対する挨拶句。
この道が好きと渋柿熟すころ 英子
ひよんの笛あきらめし頃鳴り初む 大和
行方克己(「知音」主宰)選
●特選
◇平日の輝いてゐる花八ツ手 悠美子
花八ツ手は家の片隅に咲いているような地味な花で、それが平日という言葉と非常にマッチしている。作者は普段の日、平日を大切にする人なのでしょう。
乱暴に姫の衣剥ぐ菊師かな 恵一
菊を作るときは丁寧に扱うが、役を終えしおれかかった菊、あるいは新しく手直しするときは、きっとこんなふうに剥ぎとる感じなのかと。
冬蜂のいきどほろしくいざりたる 卓
◆海賊になれぬ少年冬の鵙 和湖
昔の子どもは乱暴な子やガキ大将もいた。今の子どもたちは世の中に慣らされすぎて、海賊になれないような子が多い。
残照も押し込まれたる落葉籠 晴子
酒ほしき谷中日和や一茶の忌 基之
小春日の墓にウルトラマン供へ 弘子
一の酉ははの声してふり向きぬ 昭子
檜山哲彦(「りいの」主宰)選
●特選
河童の子木の実しぐれを帰りけり 英子
河童の子が夕暮れになって帰っていく、人間の子と遊んだ楽しかった一日を思い出しながら水中と丘へと。人間臭い河童の子に共感した。
海原は墓標なき墓はくてう来 恭子
木洩れ日を水に潜らせ紙を漉く 純子
あんぱんのへそのくれなゐ神の留守 恵一
へそは穴があいている、その空虚さと、存在すべきものがいないという神の留守の取り合わせ。
新しきひかり集めて白鳥来 幸子
夜の森の放下の音や猿酒 浩美
◎一本の音にはなれず冬の滝 大和
小春日や運河は波をわすれざる 美智子
前の冬の滝の句と響きあうような句。波はいつも遠くまで行っては消えの繰り返し。運河を生き物として擬人化し、波をわすれざるという気持ちと小春日という明るく暖かい季語を合わせている。
水内慶太(「月の匣」主宰)選
●特選
◆海賊になれぬ少年冬の鵙 和湖
最近は我々のような若い人でなくても夢が持てるかもしれない平和な時代。少年が夢を膨らませて、いつかとてつもない仕事をするかもしれない、でも夢がなければそれは実現しないこと。少年たちの夢がいつまでもこの地球上にあってほしいと切実に思う。
鵙はいたずらっぽくて、ひょうきんな面もある。一方で「鵙の贄」といって昆虫や蛙などの獲物を捕らえると、それをとがった木の枝に刺し蓄えたりする残虐な面もある。子どもにもそういう一面があり、季語の斡旋がすばらしい。
繭籠る白さありけり冬桜 十二香
星撒いて兜太呼び出す虎落笛 香
火の山の煙まつしろ草相撲 京子
地に万の翅のこゑあり月光裡 和子
鱗小波立ちぬ片淵月の鴨 輝
その中に兜太のこゑも寺障子 昭子
冬の蝶童のやうな一茶句碑 小馬々
全体としては、兜太先生の句や周辺の吟行句が多く出ていたという印象。いつもなら10句くらいに絞るが、共感する句が多くてなかなか落とせなかった。あれ、落としちゃったなーと選評を聞いて思う句もあった(笑)。
◎は一茶山頭火俳句大会賞
〇は本阿弥賞
◆荒川区長賞
◇月見寺賞
★一茶と山頭火の句碑のある歴史あるお寺で、多くの俳人の選を受け講評が聞ける本大会。日暮里の駅からすぐ、かつ選者との距離も近く、気軽に参加できる有意義な会です。ぜひ来年は足を運んでみてください。楽しめること請合いです。(木戸敦子)