伊藤 亮様
(山梨県・甲府市)
歌集『甲斐の音』、『伊藤亮随想集 富士・うた・想い』を上梓された伊藤さんを甲府に訪ねました。待ち合わせ時、あんまりお若いので違う方かと思ったほど。甲府市内を巡ったあと、お話をうかがいました。
■ 本を出されたきっかけは?
本を出すなんて、自分のすることではないと思っていた。在職中、研究紀要など沢山書いたが、ある程度は記録に残しておかないと、死後はそのままになってしまう。お金を使うなら家族のためにと考えていたので、質素な本をとひそかに思っていた。そのとき教え子の土屋氏から紹介されたのが御社。誠心誠意、親身に対応して頂き、そういう意味でも本を出して本当に良かった。校正などで通信する折々に私の想いを申し上げてきましたが…心から感謝しています。本当にありがとうございました。
■ こちらこそ、ありがとうございます。
それにしても、「これでよし」となるまで大変ですね。これが仕上がった本、これが最初の本(装丁校正)。私は自書を開く時は完成本ではなくこちら(装丁校正)を開きます。なぜなら、朱が入っているから。どのページを開いても校正した人の想いが伝わってきます。わが歌をこんなにも親身になってみつめて添削してくれた人が世の中にいたんだ…としみじみ思います。本というものは、作者は一人でも、一人の力で出るもんじゃない。一ページ一ページ、一字一字に作者は元より校正者の想いがこもっていると思う。
■ 短歌を始めたきっかけは?
朝霧社(長野県松本市)主宰の山村先生を存じ上げるようになったのがきっかけ。山梨県にも短歌結社は幾つかあるが、入ったところでやり遂げようと思い、今日まで来た。短歌をずっと続けてこられたのは自らの努力は当然だが多くの人に支えられていたからだと思います。
■ 歌をつくるときは?
カレンダーの裏等に自由に書き、推敲し、いいかなーと思ったらノートに書き写す。そうして再び推敲し、他の方の歌など読んでみる。すると「こういう言葉・表現があるんだ」「日本語ってこんなにも色彩・内容が豊かなものなんだ」と再発見する。世界に冠たる雅な言葉を大切にしたい。清書して二、三日したら、また推敲。先人の俳句・短歌や詩に、言葉はいっぱいあります。そういう言葉の、文芸のはしくれに居ることを嬉しく思うし、かたじけなく思う。この道に案内してくれた人に本当に感謝しています。
■ 歌評の際に心がけていることは?
ただ歌を評するのではなく、歌が詠まれた背景に思いを馳せます。信州の作者なら地図を開いて「高い山が見えるのかな、遥々とした野原が見えるのかな」「どんな日日を送られているのかな」等と想像すると、批評の言葉が浮かびます。本来、歌評とは「歌の価値判断をすること」だと言われますが、私はまだ非力なので、詠んだ人の立場に立ってその人を思う――すると、作者の心に、その歌に入っていけるのです。
■ 歌集の反響はいかがですか。
つたない本だけど、皆さんお読みくださって「この歌がよかった」とお便りをくださるのが嬉しい。本当に、涙が出るくらい。どんな本だって、その人が全力でやっているものだし、本にするというのは一つの事業ですね。
■ 達筆ですね。
少年の頃から習字が好きで書道の師範位ももっています。山崎方代の歌碑(20基)の揮毫もしました。父も兄もきれいな字を書いた。母は書字が不十分でしたが、若山牧水と同年の生まれだと話したら「ああそう、ああそう」と言って嬉しそうに寝入ったことも。明治の中ごろの当時、女性は勉強なんてするもんじゃないという時代。もっと字を読めれば世界が広がるのに…と、かわいそうに思った。
■ 歌集には、お母様はじめご家族についての歌が多いですね。
時事・自然など歌の対象は無限だが、人、それも肉親を詠むと人の心にしみ入る歌が出来易いのではないか。感情や感動が人間の心の底から湧き出すので。どんな場合でも、いつくしむ心・目・言葉があれば、いつどこでも歌は生まれると思う。そして、歌が詠めるというのは、平和であるということだと(戦争を経て)感じます。
■ これからは?
元気でいたなら、もう一冊出したい。歌集制作中、何回も手紙をやりとりして、すっかり他人じゃなくなっちゃった。
弱まりし視力の母が注ぎたまふ年祝ぐ酒の盃に溢れぬ
炎天も夏の風情のひとつぞと農に励みし父の追憶
喜寿にしてなほ凌雲の志 抱くと叫ぶ夏空のもと(『甲斐の音』より抜粋)
★歌会の前日、「凝り性でだめだね、今回は自分の歌を作れなかった。(歌評でいっぱいで)締め切りに間に合わなくなっちゃったの。でもお役に立てばと思って」――人を心から思いやり、大切にする伊藤さん。お話の途中、「木戸さん、菅さんのことは一生忘れないよ…」と涙をこらえられました。伊藤さんの真心と、最後に握手をしたときの暖かさと力強さ。私も一生忘れません。 (菅真理子)
『甲斐の音』の装丁はここからご覧になれます。
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