「好日」市川句会
長峰竹芳 様
(東京都・江戸川区)
「自由な発想と自分の言葉でそれぞれの精神風景を構築する」ことをめざして阿部筲人氏により、昭和27年、千葉で創刊された「好日」。2006年(平成18年)より、長峰竹芳さんが主宰をつとめています。春まだ浅い3月8日、市川公民館で行われた「好日」の市川句会にお邪魔しました。
本日は当季雑詠3句出句の5句選。選句、披講に続き、名前を伏せたまま各人が選んだ句を講評します。司会は佐藤洋子さん。声優になりたかったというだけあって、ゆったりとした聞きやすい名調子。さて、どんな展開になるのでしょうか。
春キャベツたつぷり食べて税上がる 幸子
・4月から8%に上がった消費税。時事的な俳句でありながら、一方では春キャベツを健康的にしっかりと食べているという現実、そのギャップがおもしろいと思った。
主宰…税が上がることに対しての、風刺が効いている句。
日本橋蠣殻二丁目春北風 憲子
・内容が特にあるわけではないが、読んでいて調子がいい。蠣殻という字の重苦しさと、春北風の軽さ、この対比がよくでている。
主宰…この日本橋〇〇という形は俳句でもよく出てくる。正しくは日本橋蠣殻町と町まで言わないと、挨拶句として不十分。省略している町名は随分あるが、神田と日本橋に関しては日本橋茅場町、日本橋新富町、神田鍛冶町、神田岩本町などと省略しない。これは旧東京市35区が22区に再編された際、神田区と麹町区は千代田区に、日本橋区と京橋区は中央区になったが、神田区、日本橋区に愛着を持っていた住民たちが反対したため、旧町名の頭に神田や日本橋を残したことによる。ここは、日本橋を省略してもいいが「町」は省略しない。
この頃の食感鈍感春寒し 美佐子
主宰…「食感鈍感」と韻を踏んでいるところを、おもしろいといって採る人と、うるさく感じる人がいると思う。食感、鈍感、それ自体はいいが、漢語と和語と比べたら日本語の場合はなるべく和語にした方がいい。食感、鈍感ともに音が漢音なので、2つ重ねると漢語、漢語でうるさくなる。また、リズムはいいが、この句の場合は名詞止めにした方がいいと思う。
春の雪淫らに溶ける化粧坂(けわいざか) 佳都子
主宰…化粧坂は鎌倉の北西部、鎌倉へ入る七つの入り口の一つにある坂。砂岩で地質は硬いが、春の雪がとけてなんとなくダラダラとした感じを淫らと詠んだのでしょう。ここは新田義貞の鎌倉攻めの時、打ち取った敵の首を洗って化粧したことに由来するというから、本来はそんななまめかしものではない。そういう意味で「淫ら」が適切かどうか。それに、本来は假粧坂と書くのが正しいが、化粧坂でも問題ではない。
竜天に登る跳箱置き去りに 健文
・気分としてよくわかる句。跳箱に象徴されるように、残されたものと去っていったもの…その対比がそこはかとなく感じられて、この時期のいい句だと思った。
沖遠く見る三月の眼になつて 竹芳
・藤田湘子の「愛されずして沖遠く泳ぐなり」が下敷きとなって、少年時代や若いときを見つめ直しているような作者の眼を感じていただいた。
主宰(作者)…これは3月の挨拶句。東京大空襲の3月10日と、東日本大震災の3月11日のある3月。
睡眠の過ぎたる疲れ地虫出づ フミエ
・なかなか眠れない方なので、うらやましいなーと。きっと丸々と太った地虫が出てきたことでしょうね(笑)。
栄螺に渦巻南岸低気圧 雄治
・栄螺に渦巻、それと南岸低気圧の取り合わせ。こういう作り方があるんだなぁと感心していただいた。
主宰…「栄螺に」と「に」が入っているから「南岸」も「に」を入れて「栄螺に渦巻南岸に低気圧」としたい。「南岸低気圧」で一つの単語だから、このままでもいいかな。ズレのおもしろさ、取り合わせの妙、味のある句。
ゆるき坂道蒲公英の地べた咲き 澄江
・「ゆるき坂道」が、たんぽぽが地べたに咲いて、春がきたなという感じを醸し出していてとてもいい。「地べた咲き」という言い方にもひかれた。
主宰…ふつうはどの草花も地面に咲いているが、改めて「地べた咲き」と言われると、しっかりと咲いている、そんな印象を受ける。うまい発見。
名にし負ふ鶯餅の鳴くを待つ 健文
・鶯餅はもちろん鳴かないが、鳴くのを待つ、というところがメルヘン調でいい。
主宰…「名にし負ふ」などと踏ん張らなくていいと思う。
箒目に音符のごとく落椿 艶子
主宰…しっかり見ているように思うが、この手はみたことがある。類句があるということ。
のどかさや一人でこなす田中歯科 三雄
・歯科医院もたくさんあって経営が大変。小さなクリニックなのでしょう。「のどかさや」でつないでいておもしろい句。
・駅前ではなく住宅街にあるガラス張りの、パートさんが受付に一人、奥さんが歯科衛生士をやっている3人の小さな医院。パートさんがちょっと出かけて、奥さんは自宅の方に宅急便の荷物を取りにいって…という景が読めた(笑)。
主宰…言われてみるとおもしろい句かもしれない。ただ田中歯科の固有名詞がどうか。「こなす」ではない言葉がほしい。中嶋さんの句? だったら「のどかさや一人の中嶋クリニック」でいいじゃない(笑)。
浅草の厚焼卵針供養 健文
・先日、原田さんにおいしい浅草の卵焼きをいただいた。針供養との取り合わせも浅草らしくていい。
干鱈噛みゐる午後二時のサスペンス 依子
・私もサキイカなど食べながら、夢中になってサスペンスを見ていることがあるので、とても共感していただいた。忙中閑有の様子も見える。
主宰…これ、作者がわかったからパスした(笑)。
春めくや骨董店の京人形 三雄
主宰…先ほども出ていたが「骨董店」と「春」の取り合わせは非常に多い。それに、骨董店に「物」の取り合わせは安直。
九竅をくるむカシミヤ春の雪 竹芳
・人間にある9つの穴とカシミヤがでてきて春の雷、すごい句だと思った。
主宰(作者)…本当は九穴全部はくるまないからね、ちょっとウソっぽい。松尾芭蕉の『笈の小文』にある「百骸九竅」(ひゃくがいきゅうけい)のように、体全体という意味で作った。今着ているこれカシミヤ(笑)。
※人や哺乳動物の体にある九つの穴(口・両眼・両耳・両鼻孔・尿道口・肛門) の総称。
※百の骨と九つの穴を持つ人間の体の意
春うらら麒麟の首の骨七つ 伊つ美
・キリンのゆったりとした長い首と、春のうららかさとの取り合わせのよさ。あんなに長い首なのに、骨は7つしかないことにも改めて驚く。
主宰…麒麟は中国の伝説上の動物なので、この場合は「キリン」とした方がいい。首の長い短いに関係なく、人間も含め脊椎動物には7つの頸椎がある。
春遅々と漢方薬を日に四度 美佐子
・漢方薬は続けてじっくりと飲まないと効かない。それも、朝、昼、晩、就寝前の一日4回でしょうか。ゆっくりと春がくる様子との取り合わせがよく効いている。
主宰…ご苦労さん(笑)。
春埃女世帯の男靴 静
・女所帯というと割と小ぶりな靴が並んでいると思うが、そこに埃をかぶった男靴。さっぱりと詠いながら、男靴の存在感がよく出ている。
主宰…2通りに読める。男性の客があったのか、女でも男靴を履く場合があるから、そういう靴があったのか。
・用心のためでしょ。
主宰…ああ、そうか。
刃物屋の刃物に触るる余寒かな 佳都子
・プロの使っている包丁は魅力的で、引き込まれるような美しさにいつまでも見ていたい気持ちになる。余寒が効いている。
主宰…日本橋の「木屋」で庖丁を買ったとき研いで渡してくれた。でも、刃物は錆が浮くのでやたらにさわっちゃダメだよ(笑)。だから光とすればいい。「刃物屋の光に触るる余寒かな」。余寒と光と刃物がうまく響き合う。
耳の日や二円切手をついで買ひ 洋子
春の雲岩田帯など巻きしころ 一枝
ぼんやりとしてゐる間落椿 稔
故郷なき身も「ふるさと」を歌ふ春 ひろし
朧夜の邪馬台国はどこかしら 豊子
新聞記者を経て、以前は会社を経営されていたという長峰主宰。御年85歳とはいえ、頭の回転、会話の切り返しは若者なみ、いやそれ以上。それも、まどろっこしいことは言わず、スパッと江戸弁でくるから小気味いいことこの上ない。現在は、現代俳句協会の要職につかれているが、月5ヵ所の指導に足を運び、毎年の全国大会や鍛練会(今年は北陸路)も回を重ねている。主宰がリードし、その主宰をバックアップする面々。一つの組織としてしっかりと成り立っている心優しき方々の会でした。