さき句会(東京都・杉並区)
講師 神野紗希様
去る7月1日、荻窪駅から徒歩15分の「角川庭園・幻戯山房(すぎなみ詩歌館)」にて行われた「さき句会」にお邪魔しました。指導にあたるのはNHK―BS「俳句王国」元アシスタントとしても周知の俳人神野紗希さん。2011年9月から半年にわたり開催された「やさしい俳句教室初級」受講生が、終了後も学び続けている会です。
当日はあいにくの大雨。かなりびしょ濡れの状態にもかかわらず、皆さん「すごい雨だねー」と、雨ごとき何のそのという風情で涼やかにご参集。
今日の兼題「サングラス」を含む5句提出の5句選(うち1句特選)。選句、披講、そして高得点句より各人の選評、神野さんの講評と続きます。
柿青葉使い勝手の良い湯のみ 武子
「使い勝手の良い湯のみ」がうまい。
神野…いい陽気のなか、柿青葉のつやつやした葉っぱを見て爽やかな気分になり、手には使い慣れた湯飲み。「よき湯飲み」ではなく「よい湯飲み」とした口語的表現も、肩の力が抜けた普段着のよさを感じる。手に馴染んだ湯飲みの肌まで感じられるような句。
作者…柿はちょっと斜めの家のもので、借景です(笑)。
父親となりし息子のサングラス 安栄
自分にとってはいつまでも「息子」なのに、ちょっと距離を置かれた親の感慨が滲んでいる。
神野…「父親となりし息子の」が説明になりがちだが、最後にサングラスを置いたことで、堂々とした息子の姿や心境、息子も父親になったんだなぁという親の気持ちまで感じられる。簡潔明瞭で、新鮮な句だ。
貝釦二つ外してラムネ飲む 香澄
非常に爽やかな句で、使われている言葉がみんないい。
神野…貝釦がきいている。貝のあった渚のイメージが加わり、涼しげな印象を与えている。釦を1つではなく2つ外したところも夏の開放感があり、ごくごくとラムネを飲む男性ののど仏まで見えてくる。「二つ外して」で、女性じゃないことがわかる。女性だとちょっとねぇ(笑)。
作者…本当は夫のワイシャツの釦がとれて、やだなーと思って(笑)。
風少し木洩れ日少し滝見茶屋 安栄
涼しげでこういうところに行ってみたいなーという願望。
神野…普通、夏に風少しというと暑さを感じるが、滝見茶屋とくるので標高が高く涼しいことがわかる。生い茂っている葉っぱまで見え、上5と中7のリフレインが静かな夏のリズムを生み出している。
打水や間口小さき和菓子店 すみか
地方の代々続く和菓子店を守っているというイメージ。
神野…「や」で切れて、名詞で止めるという黄金パターン。内容も勘所を押さえ、打水で風情を出している。悪くはないが「間口小さき和菓子店」、あるんですよね。非常に完成度は高いが、類想があるのが惜しい。
笑顔ごとひっくり返し天花粉 安栄
おむつを交換すると、げらげらと笑う赤ん坊。くるっとひっくり返して天花粉をつける母親と赤子のやりとり/天花粉の入れ物がひっくり返ったと思った。
神野…笑顔ごと赤ちゃんをひっくり返したというのがスタンダードな読みかと思うが、天花粉がふわっと覆うような感じが全体にある。「笑顔ごと」をよしとするか、饒舌だと思うかで票が別れる。「ひっくり返す」ではなく、「ひっくり返し」と、連用形で流しているのも、その後の動詞が想像され巧みな句。
猫二匹交番にゐるパリー祭 すみか
これは犬だったらダメで、動きがとまった油絵のようなイメージ。
神野…交番は街の秩序を守っているが、パリー祭の日には猫も交番で寝そべり、交番もまた祝祭の雰囲気に包まれているということ。しかもパリ、魅力的な句。
古靴の陰に稚魚をり夏の川 不蓋夫
棲みかのようになっている古靴がおもしろい。
神野…芭蕉の「夏草や兵どもが夢のあと」のように、夏は様々なものが生命感にあふれる季節だが、一方で衰えてしまったものや忘れ去られてしまったものに想いを合わせる、そういう季節。この句はその辺りをよく押さえていて、忘れ去られた古靴はもう靴としての役割を果たしていないが、今は稚魚の隠れ家になっている、という大きな時間の流れを感じさせる句。
ビル街の河童忌の川うす暗し 和智
龍之介の顔が浮かび、「河童忌の川うす暗し」がよくていただいた。
神野…龍之介はどこまでも都会的なイメージで、「ビル街の」が龍之介的。しかも「河童忌のビル街の川」ではなく「ビル街の河童忌の川」、この辺がうまい。忌日俳句は、その当人じゃないとその句は成り立たないというような強さがないといけない。うまくずらしつつ、その人を追悼する気持ち、忍ぶ気持ちが必要。その点、この句は鍛えられた一句。
蘆そよぐ魚籠のなまずが大あばれ 武子
なまずでこんな句ができるなんて。ただ「なまず」は夏、「蘆」は秋の季語で重なる。
神野…上5は「そよぐ蘆」にした方が、なまずの動きを際立たせる。草田男の「降る雪や明治は遠くなりにけり」も「雪降るや」ではない。名詞で納めると、述べたい気持ちが抑えられるので、少しダラダラしていると思ったら、ひっくり返してみるのも一考。ダメという人もいるかもしれないが、蘆となまずのいる夏から秋の風景としてリアリティがある。
サングラスかけたままゐる暗き部屋 酔山
うっかり寝ていたのか、明るいところで格好をつけてかけているのか/ジャズ喫茶がはやったころの世代かも。
神野…普通では有り得ない状況。文語であれば「かけしままゐる暗き部屋」だし、口語であれば「かけたままいる暗い部屋」となるので、混在している。
作者…若き日の自画像。えーっ(笑)。
夏至の日の落ちんとするや烏啼く 宏
瞬間を切り取っている。
神野…一番遅い夏至の日の入り、それが落ちてそこにまさに烏の一声。夕暮れと烏はつきすぎだが、「夏至の日が落ちる」が面白い。
作者…「烏」は勝手にくっつけた(笑)。
神野…「古池や蛙飛び込む水の音」も一瞬の音だが、実際に啼いたかどうかはどうでもいい。それが俳句にとって真実かどうかが問題。
正座して柩見送る蟇 和智
静けさと荘厳な感じ、そこに蟇をからませている。
神野…「蟾蜍(ひきがへる)長子家去る由もなし」と、長男でふてぶてしく居座っている自分を詠んだ草田男の句があるが、人間と重ねて読まれることが少なくないのが蟇。虚飾のないありのままの蟇の姿が、葬りの場面のむき出しの心を代弁する。
梅雨の蝶窓一枚をよぎりたり ひろゑ
窓一枚がすばらしいと思った。
神野…他の季節であれば、窓を開けて蝶を追いかけたくなる季節だから窓1枚では足りないが、梅雨は雨が降ったり曇ったりと外界と距離を置いている時期。その時にふと窓に目をやると梅雨の蝶がよぎっていった。距離感がまさに梅雨。
サングラス掛けて女は眠りをり 正
神野…をりがいい。「をり」は継続している状態。「けり」は眠っていたなぁという完了。今まさに眠っているという、女のなまなましさがある。
サングラス二度目の恋といふことに すみか
大人の恥じらい、含羞がにじみ出た句。
神野…「二度目の恋ということに」がおもしろい。二度目の恋をしたということではなく、これを二度目の恋ということにしよう、と。恋というものを楽しみつつ、困惑している感じが下五によく出ている。
その他入選句
サングラスりゅっくに結び登る人 哲堂
足萎えて見上げし杏の茜色 直子
やまぼうし洗濯物の翻る 礼子
貝殻の耳持て少年サングラス 美絵子
神野紗希さんの句
捨て舟をかもめの歩く小暑かな
飛込の声を高みに置いて来し
★当日、神野さんは夏風邪で声が出にくかったにもかかわらず、以前、俳句王国の司会を担当する際にNHKからレッスンを受けたというだけあって、言葉が大変にきれいで聞き取りやすい。先達の俳人の句を引き合いに出したり、文法を折り込んだりと、どうやったら俳句を難しく感ずることなく、親しみをもって迎えてもらえるのか―、懸命に適切な言葉を重ねるその姿から、俳句を感覚として感じ理解してほしいという俳句愛が存分に伝わってくる。紗希さんの若い感覚も同時に学べるアンチエイジングなこの句会、お得がいっぱいと感じた次第です! (木戸敦子)