米山 敬子 様(神奈川県・藤沢市)

 
『句集 花篝』(神奈川県・藤沢市)
 

▲「旅も俳句があればこそ楽しさも 倍増」と話す米山さま

 
 
 
 
 
 
 
 
俳句を始めて三十年余、今年九月、自分史のつもりでまとめようと、
自選した俳句三三〇句を収めた句集『花篝』を上梓された米山敬子様にお話をお聞きしました。
 
Q 『句集 花篝』を出版しようと思った経緯は?
俳句との出会いは、友人の父上で、俳人の橋本夢道氏の遺作展を俳句文学館で拝見したこと。
以来全句集を拝読し、その奔放な自由律の俳句から受けた衝撃と感動は今も忘れません。
その後、飯田蛇笏、龍太の伝統的な本格俳句に魅了され俳句を学ぶようになりました。
ある日、先輩の句友から句集上梓の手伝いを依頼され、その際すべてを任されましたので、
約一年かけてようやく出版に漕ぎつけました。その時の経験から、
いつか自分でも句集を出版できたらという希望はありました。
たまたま米寿を過ぎ自祝のつもりで今までの俳句をまとめてみようと思い、
コロナで自粛の日々だったこともプラスに考えて、「思い立ったが吉日」と
句集を出すことにしました。出版に際しては、句友の句集を通して貴社を知り、
何か魅かれるものを感じ資料を送っていただいたことがご縁となりました。
 
Q 本を出すまでのご苦労は?
初心から三十年間の句はすべて記録してありましたので、
その中から年代別、季節別に分類し自選で三三〇句を目標にしました。
どうしても好きな季節の句数が多く、バランスをとるのに手間取りました。
旅が好きなので旅吟が多く、ともすれば観光俳句になってしまうので、
その点は留意しながら、数をしぼるのに苦心しました。また、折々の句の中には
親族をはじめ、大勢の人との永別、また孫、曽孫の誕生など悲喜こもごもありますが、
私情のからむ句はなるべく避けました。自粛のため、木戸さんとは一度しか
お会い出来ませんでしたが、手紙や宅配便、電話のみの連絡でも特に不安はありませんでした。
句集名は一番好きな花、桜を追って沖縄から知床まで旅した思い出から、
すぐに決まりましたが、表紙カバーが大変でした。私の希望で、
自分で染めた「辻が花染め(絞り染め)」の模様を取り入れたため、
着物を送ったり、思うような色が出るまで何度もやり直したりと、
喜怒哀楽書房の方々にはご苦労をおかけしました。
 
▲句集『花篝』は各地の桜を追って旅をした思い出に依る

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
Q 出版された本を手にした時は?
句集をはじめて手にした時、思っていた以上の美しい仕上がりに
思わず涙がこぼれました。表紙カバーの色、装丁も素晴らしく、
句の配列も見やすく、あたたかみのある本に仕上がったことを大変うれしく思いました。
また何より、主宰の井上康明先生の温情あふれる序文は、
拙い句集に花を添えていただき、この上なく光栄なことでした。
 
Q これからの目標はおありですか?
以前から少々書き溜めてあるエッセイを清書したり、
また紀行文等を書き足したりしながら、いつかまとめて小品にしたいと夢見ています。
出来ることなら辻が花染めも続けたいし、今は時々青墨で草花などを描いたりしています。
でも何よりも、やはり旅が好きなので、プランをたてて思い出の場所を
再訪してみたいと思っています。
ご苦労をおかけしたスタッフの皆さんにお会いするために、新潟にもぜひ!!
 
句集『花篝』より
白南風や真珠工房潮騒す
同じ窓同じ空見て夏果つる
月の夜の次の波待つ蟹の群れ
少年にふつと哀しき林檎の香
寄港して誰彼の訃や春の月
 
帯文より
  秋冷や二都を分ちて大河なる
「二都を分つ大河の風景、このスケールの大きな把握が
旅吟を超えた充実を感じさせる作品である。
国内外各地への旅吟も、この句集の一つの特徴をなしている。」
ー井上康明(「郭公」主宰)
 
 
★横浜の待ち合わせの場所、お会いしたことはなく
お歳は八十八歳とお聞きしていたので、外見と身のこなしから
この方ではなかろうと思っていた。がしかし、この方だった。
とにかく旅が好きで、思い立ったら即予定を立てて一人でもいくのだとか。
華やかで話題に事欠かず、手元のスマホの写真を繰りながら、
国内外への旅やご家族のことなどお話くださる。
独り居でも、俳句やエッセイ書きのほかに、散歩やご近所とのお付き合いや、
得意の手芸でお友達のプレゼントを作ったりと、いつも何かをされている。
本句集へのお返事も一六〇通程あったとのこと、お付き合いの広さがうかがえる。
最後の船旅と思っていた今春の予定も、コロナで中止に。
ぜひ早いうちに実現させたいですね。(木戸敦子)