小岩 ミツイ 様(新潟県・魚沼市)

小岩ミツイ様
(新潟県・魚沼市)
『思い出はそよ風にのって』
 
 去る11月10日、故郷の思い出を『思い出はそよ風にのって』としてまとめた小岩ミツイさんを、旧守門村、現在は魚沼市にあるご自宅にお尋ねしました。
 
玄関周辺には、積み上げられたおびただしい数の薪。これから雪に閉ざされるであろう豪雪地帯の長い冬を思う。「やわっかすぎたみてだけど、食べてくんねぇかぇ」と、何ともおいしそうなあめ色の煮しめとともに、出迎えてくださる。

にしめ
▲一緒においしくいただきました!

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
Q. この本を出すきっかけは?
たまたま台所のラジオから「やりたいことを暇ができたらとか、歳をとってからやろう、なんて思っていると、病気になったり動けなくなったりすることもある。さぁ今日から始めましょう!」というフレーズが聞こえてきた。生まれたところは、汽車に乗るまでに何時間も歩き、渡し船に乗らなければいけないような山の中、中魚沼郡真人(まっと)村。当時あった60軒の家はバラバラになり、ずっとさみしく思っていた。このラジオをきっかけに、幼い頃の思い出をこつこつと広告の裏に書き始めた。
Q. 書くことはお好きだったのですか?
やっとのこと中学を卒業したくらいだから、書く基礎がない。自分なりの法則で書いてはいたが、正しい文章や文法がわからないから、常にこれでいいの?と疑心暗鬼だった。本屋さんで「自分で納得していない文章は人を納得させることはできない」との一文に出会い、そうだなーと思って、昔の遊びや自分が体験したことを、方言のままに書き綴っていった。
そんなある日、退職した先生がこの近くで始めた「大塚山荘」(子どもの図書館)の、通称絵本のおばさんが、教育実習のとき私の卒業した「北山小学校」にいたことがわかり、書いたものを手直ししてもらおうと持参した。そうしたら「このまま“大塚山荘便り”という通信に出したらどう?」という話になり、その第一回目として「北山が見えるよ」という文章が掲載された。そして、その終わりには「一年間連載する予定です」と! 以来、平成19年12月~23年7月までの21話を書いた。
Q. それが、この度の本に?
まさか、こんなことになるとは夢にも思わなかったが、息子(新潟市老舗ホテル・シェフ)が「せっかくだから、まとめたら?」と、言ってくれたことが背中を押した。あの言葉がなければ、「お金がかかるからいいわ」で終わっていた。
Q. すみません、お金を使わせて(笑)
でも、大変な思いもしたけど、完成してただただうれしくて言葉にならなかった。本の表紙の風景は「この向こうに北山があるんだ!」と、出稼ぎにいった人も戦争にいった人も、みんな駆け出したくなる場所。本を手にした同級生や同じ集落だった人から「懐かしくて涙が出た」「よく昔のことを書いてくれた」と、感激して、電話や手紙が絶えなかった。完成した本一冊は大切なので茶箱に入れ、校正の時に送られてきた本を、毎日こうやってぎゅーっと抱きしめて寝ているの。だからボロボロに。
 
小岩さん
▲故郷につながるすべてのものが愛おしく抱きしめたい

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
本
▲毎日抱きしめている本はボロボロに(右)。左は完成した本

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
Q. 大切な大切な故郷ですね
当時は、食べるものもなくいつもお腹はペコペコ。でもね、だからこそ何でもおいしかった。寝るのも綿の代わりに藁を入れたくず蒲団。兄弟でそんなところに寝て、貧しい生活だったかもしれないが、私には宝物。峠の向こうが便利なことはわからなかったし、みんながこういう生活をしていると思っていたから別段、苦労だとも思わなかった。今では、故郷の小さい時の思い出のすべてと、道ばたの石ころの一つひとつ、草の一本一本までもが、懐かしさと愛おしさで抱きしめたくなる。
Q. これからは?
本の反響も一段落し、これからの楽しみといってもねぇ。孫の成長と、書き忘れたことを少しずつ書いていこうかなぁと思っている。でも、締切がないとなかなかね(笑)。あとは、なるたけけんかしないようにしていこね、とーちゃん!
 
★帰り際「会社の人みんなに分けてくれね」と、大根、葱、白菜…山のような野菜を持たせてくれる。中学を卒業後、出稼ぎ先の静岡のみかん農家で出会い、一緒になったという旦那さんと二人、何メートルも積もった雪の中、今ごろ何をしているのだろう。スキー場の調理員、小学校の給食調理員に付添婦と、農業を兼業しながら3人の子どもを育て上げたご苦労など、みじんも見せずにからから、ころころと笑う小岩さん。あともう少し。暖かく、強く、深い、故郷の春も待っている。(木戸敦子)
ご夫妻小岩さん
▲「友だち夫婦みたいだから喧嘩するのかな」と小岩さん