野蒜俳句会 会長 奥名房子様 (東京都・中央区)

野蒜俳句会
会長 奥名房子様 (東京都・中央区)
 
1月18日(水)、本年初、そして217回を数える野蒜俳句会の新年句会にお邪魔しました。新年会を兼ねた句会は、通常の会場をコレド日本橋の松江料理「皆美」に移し、華やかに行われました。
 
最初に会長の奥名さんより「平均年齢が上がってきていますが、どうぞお身体に気を付けて長く続けてください」とご挨拶。「銀」または「会」を読み込んだ句を含めた5句出句の10句選。新年会もあるため、事前に選句を済ませ本日は選評を述べる形式に。
10句選に驚いていると「たくさんほめることが大切で、点数は競わない。各人結社も違うのでこの方法を続けています」と大橋さん。大橋つながりで、学生の時に大橋巨泉さんと一緒に句会に出たという奥名さんは「青春時代だから、恋もしないのにやたら恋の句を詠んだりね。巨泉さんは、蕪村が妻が存命中に詠んだ“身にしむや亡き妻の櫛を閨に踏む”を引き合いに出しながら、“姉さん殺すわけにはいかないしな”などと、ブツブツ言いながら俳句を作っていた(笑)」というエピソードを紹介。
場も和らいだところで、一人ずつ10句の選評を述べる。
 
 

▲一岩さんから会長を引き継いだ奥名房子さん

 
酉年や羽撃きあうて初句会              智子
羽撃きあうの中七に、いくつになっても未来に向かう姿勢や心意気、上を見て羽ばたいて精進していきたいという気持ちが表れている。活を入れられたような、新年にふさわしい句。
 
一岩忌納め句会の銀座かな              晃一
ここだけでわかる句であるが、前会長の久保一岩さんのこと。洒落者の一岩さんに銀座が合っている/一岩さんにふさわしい銀座、それが納め句会。今さらながらありがたかったなという気持ちで鑑賞した。
 
暮疾し冬至南瓜の甘く煮て              房子
疾しという字がまさにそのとおりで、一仕事を終えふっと気が付くともう暗くなっている。そこに「冬至南瓜を甘く煮る」と女性らしい感性をもってきたことで優しい句になった。
作者…季重なりになったので、後でなおそうと思って忘れちゃった(笑)。
 
余生なほ夢のふくらむ初暦              いく子
「夢のふくらむ」という若さあふれる句を作られた作者。今年も初暦にはたくさんの予定が書きこまれることでしょう。余生万歳というところ/初暦の句はいくつかあったが、この句をいただいたのはまさに夢のふくらむような句だったから/類句がある気もするが、私もそのような気持ちで今年一年がんばろうと、勇気をいただいた。
 
▲句会200回を記念した『合同句集 野蒜』

 
 
銀色を塗し賀状の酉光る    康雄
年賀状を上手く詠んだ/金色の方がいいと思った読み込みが「銀」だから(笑)。「酉光る」が優れている。
 
はや予定埋めつくされて初暦        瞳
一月の予定もほぼいっぱい。自分の状況に似ていると思った/本当にそう。以前どなたかの、しるしをつけてから歳月の流れが早い、というような句があったが、一つ予定を書き込むとあとも埋まってしまうようなところがある/初暦でありながら、埋まっているという対比もユーモラス。
 
太箸に海山と書く父の流儀              房子
太箸に男親の空気がうまく出ている。海山は父親の号とみた/私の家では箸袋にそれぞれの名前を書き、取り箸に「海山」と書いた。
作者…父は日頃家のことは何もしないのに、太箸となると自分の出番と言わんばかりに字を書きたがった。
 
※太箸(正月の膳に用いる白木の箸)に関東では「海山」、関西では「組重」と書くことが多かった。「海山」は、年神様に供えた“海の幸”“山の幸”が詰められた「おせち料理」のお下がりを家族全員でいただくという神事の名残から付けられた。
 
寒落暉くがね光りの神の山              勇
調子のいい格調高い句で「寒落暉」が効いている。くがね=こがね/光り輝く神々しい神の山が寒落暉によってよく活かされている。
 
漱石忌猫の相にも福と貧    晃一
漱石とくれば猫。よく見れば猫の相にも福相と貧相があるというユニークな表現/福と貧がいい。やはりお正月らしい句/本当にその通りで猫の顔もいろいろ。貧の顔の猫が引き取られ可愛がられると福の相にかわる、そういうところも捉えていらっしゃるんだろうと。あまりみない句。
 
駅伝や旧街道に三日富士    克己
よくある句だとは思ったが、三男が青学出身で必死になって応援したので(笑)/旧街道に富士を見た、という着眼点がいい。ただ「に」が説明的なので「旧街道の」とした方がいいのでは。
 
鶴亀の謡卒寿の年の酒     瞳
作者…この句は有隣さんにお贈りしました。
有隣…そう思いました。あとでやりますから(笑)。
 
一村をつつむどんどの煙かな        勇
一村をつつんでしまうほどのどんどの煙、逆に言えばそれは村が小さいということ。「一村をつつむ」がいい/先日、大磯の左義長(重要無形民俗文化財)を見に行ったがものすごい炎と煙だった。田舎では目にする風景。
 
枯蔓の心あるごと縺れけり            美智子
枯蔓って、確かにそんな風に誰かをつかまえているような感じがする/いかにも未練がある、という姿に共感した。
 
着ぶくれて予防注射の腕探る        房子
毎年インフルエンザの型が違うので予防注射も少しずつ違うのか、接種後にだるくなったりかゆくなったり。共感をよんだ新しみのある句。
 
楪や兄に先んじ医師となる            有隣
「楪」という季語が効いている。楪は次の葉が成長するのを待ってから落ちる。兄に先んじて自分が医者になったぞ、というわけではなく、弟が成長する姿を優しく見守っているご兄弟の仲のよさを楪が表している。
 
▲松江料理とビールで会話もはずむ新年句会

 
父母と会ふ家の決まりの二日かな    克己
わが家はみんなが集まる日は元旦。克己さんの家は二日。それぞれのうちにいろんな決まりがあるようで、それもまたよし。
 
初鶏のわが世の春と鳴きにけり       いく子
おめでたいお正月らしい句と思っていただいた/高らかに宣誓するところがいく子さんらしい/私は採らなかった。「わが世の春」という、みんながわかる慣用句を中心に添えるのはどうかと。やはりそこは自分の言葉で詠みたい/「わが世の春」は確かに言われている言葉だが、この場合の春は季節に関係なく、人生の一番いい季節のこと。私もわが世の春と、高らかに歌い上げるような一年にしたいという意味で、大いにパワーをいただいた。
 
日の力借りて飛びけり冬の蝶        康雄
弱々しく、暖かい日の力を借りて飛んでいるという、冬の蝶の情景をとてもよく詠んでいる/観察眼が鋭い。
 
恋みくじ老いが引き当て千代の春    瞳
瞳さんはまだまだお若いから、恋みくじもできる。見ているのかご自身のことか、おめでたい千代の春だと/ぜひ、引き当てて年寄りは恋をしないと思っている人に少し目を覚まさせてあげてください(笑)/千代の春は使ってみたいお正月の季語。
 
初雪や夜着で覗きし無音界              克久
「無音界」とは全く音のない世界のことと思う。現代俳句辞典で「深雪の富岳は重き無音界」という句を見つけた。
 
強霜の越の一番電車かな               智子
強霜と越後、そして一番電車と畳みかけてくる感じがいい/越後ではなく、岩手や富山ではいけないのか? だから採らなかった。
 
垣間見し祖母の負けん気歌かるた    あきを
よく百人一首をなさったのでしょう。勝負事に強いおばあさんを、陰からあきをさんが見ている景がおもしろい/おばあさまのいる幸せな時間を見せていただいた。
一陽来復屋上よりの吊し幕            晃一
去年亡くなった主人とその兄。年賀状に「一陽来復」と必ず書いていたので、懐かしく思った。
 
▲最後に謡曲「鶴亀」を謡う90歳の現役医師 有隣さん

 
 
▲俳句好きが居酒屋で即席の句会を開いたのが始まりという「野蒜俳句会」

 
 
★途中、会食を挟んでの句会だったが、合間の思い出話も秀逸。学校から帰ると部屋に鞄を置き「ただいま帰りました!」と祖父母に報告をする厳しい庭訓(家庭での教訓)の中で育った話。疎開先の東北の人たちは裸で寝ていた話(素肌に掻巻や褞袍を着て)。若者に「褞袍ってわかる?」と聞いたら「どら焼きの一種ですか?」と答えた話。脱水機もないから洗濯物から水がポタポタ滴っていた話。女正月には親戚もみんな呼んでケーキを買って女だけで労をねぎらった話。集団就職の列車に乗り合わせた際、餞別の袋の文字が銭別になっていた話。家族総出で布団を打ち直した話…等々。何年経っても瑞々しく話せる、かつての日常の一コマ。その昔を語り共有できる仲間、おまけに切磋琢磨できる仲間とあれば、今年もきっと新しい夢のふくらむ一年を迎えられる。今が春、おらが春、まさに初春いっぱいの野蒜俳句会だった。(木戸敦子)